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納豆を何もかけずにそのまま食べる

一人暮らし

「なんとなく」って空しい。

 

惰性で動くのを一度やめてみて、本当に欲しているものだけを選択して取り入れていきたいと思いました。

 以下は、最近行った「あなたは本当に必要ですか試験」の対象とその結果です。

 

 

 

〈事例1 修正テープ〉…結果:不要

以前は常に筆箱に入れていたのですが、

 

・正式な文書では修正テープの使用は認められていない(訂正するときは二重線)

・①使いやすさ(サイズ、握ったときの感触)

 ②価格

 ③対応する詰め替え用テープを販売している店の数

 の要素のバランスがとれた良い(=自分に合う)商品がない

・修正テープで修正しても美しく修正できるわけではない

 

などの不満因子が大きくなり、大学入学と同時にすっぱりやめました。

やめて約一年経ちましたが、不便に思うことはほぼありません。

※厳密に言うと、ボールペンで自分しか見ないであろう記録用ノートを書いていてミスをしたとき、無意識に手が修正テープを探してしまった、ということはありました。

でもどうせ自分しか見ませんし、直しても綺麗じゃないですし(前述)。もっと前向きにとらえるとすれば、「消せない筆記具で犯したミスは二重線で直す」という習慣をつけておくことによって、フォーマルな文書を書くときにうっかり修正テープを使ってしまう可能性を減らすことができるのではないかと思います。

 

 

〈事例2 納豆に付属のたれ・からし〉…結果:不要

生まれてこの方、というかパック入りの小分け納豆を始めて食べた時から欠かさずに混ぜ込んでいた納豆のたれ・からし。あまりにも機械的に投入している自分に気づいて気味が悪くなったのと、ただの納豆の味への興味から、「素のまま納豆」を何度か試してみました。結果、この「大豆大豆しい(まめまめしい)」味の方が自分の味覚には合うということが発覚し、今後は何も混ぜずに食べていこうと決意したところです。

 

 

〈事例3 アナログ時計〉…結果:必要

中学1年の時に両親に買ってもらった腕時計が、線形代数の授業が始まる2分前に突然壊れました。持っていたのはこれ一本のみ。まあスマホもありますし、絶対ないといけないわけではないのですが、今までの習慣で時間が気になるとつい腕に目をやってしまうことと、運悪く試験期間の直前で時刻のみを表示する時計が必要だったため、父に頼んで誰も使っていないカシオのデジタル腕時計を送ってもらいました。安い時計で、ゆうパックで普通の茶封筒に入れて送ってくるような気軽なもの。デザインも、無駄がなくて好みです。

唯一の懸念はこれがデジタル表示であること。まあでもスマホやPCの表示はデジタルだし、慣れだよ慣れ、と軽く考えていたのですが、

読めない。いや、もちろん意味はわかるのですが、ついつい読み取った4つの(または3つの)数字をアナログの文字盤に置き換えてしまいます。腕から時間を教えてもらいたいとき、自分はデジタル時計が示す時刻をそのまま受け入れることができないらしい、ということが分かりました。

 

 

〈事例4 炊飯器〉…結果:不要

大学入学に際して一人暮らしを始めるにあたって、炊飯器を導入するかどうかでひと悶着ありました。当然必要だろうと言う両親と、週に一回炊いて冷凍するつもりだから炊飯器なんて邪魔なだけだと言って聞かない私。じゃあ何で炊くのか。普通の鍋で炊きます。炊飯器よりは世話が必要ですが、他の料理に比べればはるかに簡単に炊けますし、その鍋は他の用途でも使える普通の鍋なので特別なスペースは必要ありません。結局、春休み中に100%の成功率で炊飯器と同じかそれ以上の味の米が炊けるようになったら好きなようにしていい、という条件付きのお許しをもらい、特訓し、晴れて炊飯器なしの新生活を始めました。

 

 

〈事例5 家用の文房具〉…結果:不要

私の育った家には、ペン立てなどに立てられた「家で使用するための文房具」がありました。大人数が暮らす家には必要かもしれませんが、一人暮らしを始めるにあたって、下宿先で使う文房具=大学に持っていく筆箱に入っている文房具、としました。勉強机の上にシャーペンや消しゴムが常にある必要はないと思います(ただし、ホチキスやカッターなどの、基本的に下宿先でのみ使用する文房具を入れておく場所は確保してあります)。

もしかしたら、これは一人暮らしの人には当たり前のことなのかもしれませんが。

 

以上の「仕分け実験」を行って感じた、何となくの選択・消費ををやめる効能には、以下のものがあると考えられます。

・お金の節約になる

・家の中が片付く

・ 自分の好み・傾向がわかる

 

 

 

終わりに

ここまで述べたことは、「贅肉」を落としていくようなものかもしれません。外部からの刺激がきちんと神経まで届くように。感覚が鈍くなっていくことを防ぐために。

いささか大げさでしょうか。